原子のようすをよく表したラザフォードの原子模型には、大きな問題点がありました。原子核の周りを回転する電子は電磁波を放出し、エネルギーを失ってしまうのです。その結果、電子の軌道半径が小さくなり不安定な状態になってしまいます。
デンマークのニールス・ボーアは水素原子のスペクトル系列に注目し、大胆な仮説を打ち立ててこの問題を解決していきました。ボーア理論は「量子条件」と「振動数条件」の2つです。

原子には安定な定常状態があり、この状態では電磁波を放出しないとしました。つまり、電子軌道の1周の長さが波長の整数倍になるとき、定常状態であるということです。これを「量子条件」といいます。
ちなみに物質波の考えは、ボーア理論が発表されてから10年後くらいに提唱されたので、上の式の形は新しくわかりやすいものになりました。

右の図は5λのとき、左の図は6.5λくらいでしょうか。電子波の波長の整数倍であれば原子は安定します。そうではないときは干渉によって電子波が打ち消され、このような軌道は存在しません。
あとで見るように、rもvもとびとびの値になるので、定常状態での電子のエネルギーEnもとびとびの値になります。nを量子数、Enをエネルギー準位といいます。

電子がエネルギー準位Enからそれよりも低いEn‘に移るとき、そのエネルギー差に相当する光子を放出します。逆にEn‘にある電子は光子を吸収してEnに移ることができます。 これが「振動数条件」です。

ボーアは水素原子のスペクトルを、2つの仮説と古典力学を使って説明しました。ラザフォードの原子模型から、電子はクーロン力を向心力として原子核の周りを円運動しています。運動方程式を立て、①、②式のように変形します。
①式は量子条件から運動量を使うためにmvの項を作っています。量子条件の式を①へ代入し、rについて書くと③式が得られます。これをボーア半径といいます。n=1のときr=5.29×10の-11乗となり、これは当時知られていた水素原子の大きさとほぼ一致していました。

②式は運動エネルギーを変形するための式です。 これで書き換えると、運動エネルギーと静電気力による位置エネルギーが同じ形になります。電子が持っているエネルギーの総和を計算すると④式になり、これに先ほど求めたボーア半径を代入すると、エネルギー準位を求めることができます。
このような式を覚えることは非常に難しいですから、導出の一連の流れをつかみましょう。ポイントは運動方程式を2つの形式に変形するところですね。

さらに振動数条件を考えてみましょう。エネルギー準位の高い状態から低い状態へ電子が落ち込むときに、放出される光子のエネルギーhνを波の基本式で書き換えます。1/λでまとめて定数部分を計算すると、リュードベリ定数の値となり。
こうしてボーアは、水素原子のスペクトルを理論的に説明することに成功しました。

ボーアの理論では、ライマン系列は電子がn≧2の軌道からn=1の軌道に移るときに放射されるスペクトルの群であることがわかります。バルマー系列はn≧3からn=2です(左図)。
右図から、エネルギーの大きい軌道から小さい軌道に移るときに、そのエネルギーに対応する波長の光が放射されます。この図を理解しておくと、難解なエネルギー準位の式の意味がわかりますね。

エネルギー準位をリュードベリ定数を使って表してみましょう。エネルギー準位の定数部分と一致するように変形すると上の式のようになります。この式にRhcの値を代入して、n=1の基底状態のエネルギーを計算すると-13.6eVとなります。
この結果は当時知られていた水素原子の第1イオン化エネルギー(電離エネルギー)と見事に一致しました。水素原子以外ではうまくいかず、そのほかにも説明できないことはありますが、ここから量子力学が始まっていったという大きな価値のある理論です。

最後に電子殻と電子軌道の話を少しだけしましょう。高校化学では電子が入ることのできる”器”として、電子殻を学びます。K殻には2個、L殻には8個…と内側から電子が入っていき、水素、ヘリウム、リチウム…と周期表の順番になります。
しかし、M殻には18個電子が入るのに、アルゴンまでいったら次のカリウムはN殻になります、と教えられて疑問がでるのです。物理でエネルギー準位のことを学べば、このあたりのことが少しわかります。

電子殻はさらに微細な構造である電子軌道(s軌道、p軌道、d軌道…)からなります。詳しい説明は大学の化学に譲るとして、電子はアップスピンとダウンスピンの2種類の状態で軌道にはそれぞれが入っていきます。
M殻には3s軌道、3p軌道、3d軌道がありますが、3dよりも4sのほうがエネルギー準位が低く、先にこちらに電子は入っていきます。次が3dで周期表の遷移元素と呼ばれる部分はM殻の残りの席に入っていくのです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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